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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(行ツ)28号 判決 1984年7月17日

名古屋市中村区亀島一丁目九番九号

上告人

鈴木純二

右訴訟代理人弁護士

蜂須賀憲男

稲垣清

今井重男

安藤貞行

名古屋市中村区牧野町六丁目三番地

被上告人

名古屋中村税務署長

松嶋芳哉

右指定代理人

崇嶋良忠

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和五二年(行コ)第一二号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五四年一二月一一日言い渡した判決に対し、、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人蜂須賀憲男、同稲垣清、同今井重男、同安藤貞行の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木戸口久治 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦)

(昭和五五年(行ツ)第二八号 上告人 鈴木純二)

上告代理人蜂須賀憲男、同稲垣清、同今井重男、同安藤貞行の上告理由

原判決は「亡正次郎は遅くとも昭和四八年五月二〇日までには、郁郎による本件土地の無断売却の事実を知りながら、郁郎に対し右無権代理行為を黙示的に追認した」と判示している。

しかしながら、原判決の右判示には、無権代理の追認に関する民法第一一三条の解釈の誤りがあり、かつ、経験則ないし採証法則の適用の誤り、又は理由そごないし不備、審理不尽の違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れ得ない。

一、1 原判決は、前述のように正次郎が遅くとも昭和四八年五月二〇日までには郁郎による本件土地の無断売却の事実を知りながら郁郎に対し右無権代理行為を黙示的に追認したと判断しているが、一体いつ、誰から、どのような経過から正次郎は本件土地の無断売却の事実を知るようになつたのか、何ら判示していない。

又、「遅くとも昭和四八年五月二〇日までには~黙示的に追認した」との判示のみでは、結局正次郎がいつ、どのように追認の意思を表示していたのか全く不明である。

第一審判決は、諸事実を認定した上「正次郎は、本件契約について郁郎のなした無権代理行為を追認したものと認めるのが相当であり、~」と判示しているにもかかわらず原判決は巧みに「黙示的に追認した」と判示している。

2 黙示的追認とは即ち、明白な追認がなかつたことを意味し、その認定にあたつては、明示の追認に比して十分な合理性が要求される。

後述のように、郁郎は本件土地と隣接し、元は一筆の土地であつた正次郎の所有土地を昭和四八年三月一九日訴外名古屋市に対し、正次郎に無断で売却しているのである。

右訴外名古屋市の売却は、本件土地売却と一連の行為であり、仮りに正次郎が本件土地の無断売却行為の事実を知り、それを容認していたならば、郁郎は何にも昭和四八年三月一九日の時点で正次郎に無断で訴外名古屋市に対し売却する必要性はなかつたのである。

従つて、正次郎は少なくとも、右三月一九日までには、本件土地を含む同人所有土地が郁郎により、無断売却された事実を知らなかつたし、又容認をしていないことは明らかである。

3 右三月一八日以降五月二〇日までに正次郎が黙示的に追認をなしたことを裏付ける事実は、結局証人鈴木みさおの証言の中に認められる亡正次郎の言動以外には何ら存しないことになる(証人鈴木みさおの証言の信憑性については、後述する)。

ところが正次郎の右五月二〇日以降の郁郎らに対する言動、とくに、郁郎らを相手に名古屋家裁に対し、相続人廃除の申立をしていること、録音テープを常識的に判読すれば十分理解できるように、正次郎は死ぬ間際まで、郁郎らを許していないこと(録音テープ冒頭に正次郎が自ら述べている「七年もよ、八年も親子が何んにもものを言やせんやでな。何んにも分らんの~」の部分は、正次郎と郁郎との関係を如実に示し、亡正次郎が郁郎の行為を許容していないことを物語つている)から到底追認を裏付けることはできない。

二、証人鈴木みさおの第一審及び原審における証言のうち、亡正次郎が本件土地の無断売却につき、追認をなしたことを裏付けるかのような事情を述べている部分は、以下論述するように、信憑性を有しない。

1 本件における鈴木みさおの立場

鈴木みさおは本件土地売買の問題及び正次郎、上告人と鈴木郁郎、今川好、鈴木尚子との関係において、中立の立場から行動し発言していたのではなく、終始郁郎らの味方として、同人らの行為、態度を擁護していたことは明らかである。

この点原判決は、「正次郎は、妻を失つてからは、実妹の鈴木みさおを信頼し同女に家庭内の問題を打明け相談したりしていたこと、同女も正次郎の気持を酌み、控訴人一家が、郁郎らによる本件不動産の無断売却等の事実を知つて、正次郎宅へ引上げて来ることになつたのを契機に生じた後記控訴人、郁郎、今井好、鈴木尚子ら兄弟間の紛争を円満解決すべく行動していたものの、そのことにつき直接の利害関係があるわけではなく、もとより右兄弟のうち特定の者と特別の利害関係を有していたものではない。」(今井好なる人物は本件には、関係していない。今川好の間違いか)と大胆にも認定しているが、鈴木みさおの証言からは到底右のような認定が可能とは思えず、右認定には経験則上何ら合理性を有しない。

(一) 上告人本人尋問の結果によれば、昭和四八年七月八日鈴木みさおは郁郎らと共に正次郎宅を訪れ、「一部の土地(約三三〇坪のうち約五〇坪)を無断で売買したに過ぎないのだから仕方がないではないか」と郁郎らの行為を弁護し、正次郎らを説得しているのである。(原審調書一回目六一、六二項)

この点について、鈴木みさおは、東京の帰りにたまたま正次郎宅を訪れたところ、郁郎らがおり、同人らと正次郎、上告人との間において、何か親子、兄弟で話をしているかのような状況であり、土地のことが話題になつていたかについては、記憶していない旨証言している(原審一回二九丁)。

しかしながら、上告人本人の尋問結果をことさら強調するまでもなく、上告人の帰名直後の同日、正次郎宅において、同人、上告人と郁郎らの間で土地無断売買の問題が話し合われたことは、そもそも上告人が横浜より引越して来た原因の一つに右問題があつたこと、並びにわざわざ嫁いでいる郁郎の姉の今川好、上告人が右帰名する直前に正次郎宅からマンションに移つていつた尚子までが正次郎宅を訪れていることからも、至極当然である。

鈴木みさおは、ことさら自分が中立的立場にいることを印象づけようとして、たまたま正次郎宅を訪れたとか、肝腎な問題につき、「記憶していない」とか不自然な証言を繰り返しているのである。

(二) 上告人本人尋問の結果によれば、同年七月末ころ、正次郎所有地全部が無断売却されていたことを知るに至つた控訴人が、同月八日、前述のように郁郎らを「一部の土地の売買に過ぎない」と言つて擁護していた鈴木みさおに対し、右事実―全部が売却されていたこと―を手紙によつて知らしめたところ、鈴木みさおは同年八月四日、好、尚子を連れ、正次郎宅を訪れ「あなた(上告人本人)からの手紙をみてびつくりしました。全部を売つてしまうとはあまりにもひどすぎる。郁郎らが持ちだした実印、権利書を取り返してあげる。」旨述べている。(原審二回目一七丁以下)

そして、結果的に正次郎の実印、権利書等を、鈴木みさおは一応預つたが、好らはみさおと一晩相談した上、「みさおに預けるなら~」ということで、正次郎に無断で持ち出した実印、権利書をみさおに交付しているのである。(一七丁以下)。

この点について、鈴木みさおは正次郎から電話で呼ばれ、同年七月一六日ごろ、正次郎宅において、右のごとく実印、権利書等を預つた旨証言する(原審一回目三〇丁以下)。

しかしながら、正次郎は昭和四五年ごろより、寝たり起きたりの健康状態となり(録音テープ翻訳書一〇、一一項参照)、右七月一六日ごろは病状がかなり悪化して寝たきりの身体であり(八月一三日、入院)、しかも、耳が遠く、合わせて控訴人の帰名した後であり、甲第二四号証(家計簿)によれば、上告人自身名古屋での就職がまだみつからない段階で、正次郎宅に日中でもいたことから、同人がわざわざ上告人に相談することなく、内緒でみさおに電話をかけることは到底考えられない。

甲第二四号証によれば、八月四日は本件無断売買された土地の上に建築されていた工場の取り壊しが始まつた日であり、鈴木みさお自身、そのころ「取り壊される工場を見に来た」旨証言している(原審八丁)ことからも、みさおが正次郎宅を訪れたのは七月一六日ごろではなく、八月四日であることは明らかである。

しかも、みさおは正次郎から呼ばれてきたのではなく、上告人の手紙を見て、全部の土地が売られたことを知り、好らを連れて正次郎宅を訪れたのが真相である。

この点みさおは、前述のように自分が中立的立場にあることを印象づけようとして、「正次郎から電話があり~」と虚偽の証言を繰り返している。

(三) 又、鈴木みさおは同年九月九日、みさおの兄の鈴木政雄(東京の青山在住)、郁郎、好、尚子を連れて、正次郎宅を訪れ、上告人に対し、同人所有の借家、あるいは正次郎所有の借家を尚子に渡すよう、「財産分け」等の交渉をしている(甲第二四号証、上告人本人調書、原審二回目三〇丁以下)。

右要求に対し、上告人は、父正次郎所有の借家につき、所有者でないものがどうこう言えないので、直接正次郎に話すよう述べたところ、みさおと鈴木政雄はその足で病院へ赴き、入院中の正次郎に対し、右「財産分け」等の話をしている。

そして、正次郎は、みさおらに「自分が生きているにもかかわらず、あそこをやつてくれ、ここをやつてくれとは~」とは何事かと同人らをきつく叱つたのである(同三二、三三丁)。

鈴木みさおの証言によれば、同月初め、名古屋市から支払われる「取壊料」名義の金員―本件課税の対象となつていた共生印刷との売買に無関係なもの―を郁郎に受けとらせて欲しいとか、尚子に「財産分け」をして欲しいとかで、要求しに、正次郎宅を訪れているのである(原審二〇丁以下二一丁)。

みさおは、売買代金がいくらで、誰が右代金をいくら取得したかも、郁郎らより確認することなく、尚子より名古屋市から「取壊料」が支払われると聞いて、「可愛そうだと思つて~」、とにかく郁郎に右金員を分けて欲しいと要求している(同二二丁以下)。

そして、みさおは苦しまぎれに、突如「純二さんも売つたものは仕方がないわと言われたことも聞きました」と証言するに至つたのである(同二三丁)。

いかに、みさおが郁郎らに肩入れをしていた立場にあつたかを如実に示している証言であることは、ことさら指摘するまでもあるまい。

(四) さらに上告人本人尋問の結果によれば、鈴木みさおは次いで、同年一〇月七日、九月九日と同様の「顔ぶれ」で正次郎宅を訪れ、同様に「財産分け」の要求をしつこく迫つている(原審二回目三三丁以下)。

そして、同様にみさおは、その足で入院中の正次郎を訪れ「財産分け」の話をしたところ、正次郎は前にも増してみさおらをきつく叱り、注意したのである。(同三五丁)。

この点について、鈴木みさおは、一〇月七日に訪れたことを否定しているが、(原審二回目二六丁)甲第二四号証の同日の記載からも明らかなように虚偽の証言である。

(五) 甲第二四号証及び上告人本人尋問の結果によれば、同年九月二七日、正次郎の実印の廃印届がなされている(原審二回目四五丁、五二丁)。

鈴木みさおは、「ほとぼりがさめたらすぐ返す」(上告人本人調書原審二回目二一丁、四五丁)との約束で実印、権利書等を一応預つたにもかかわらず、右廃印届がなされたことを知つて、正次郎に返すことをせず、一方的に独断で尚子に実印等を渡している、そして、正次郎の代理人の稲垣弁護士が、書面により実印、権利書等の返還要求をなしたにもかかわらず、尚子に交付したことすら告げず、無視し続けてきたのである。

(六) 以上の事実から、鈴木みさおが終始郁郎らの側に立ち、郁郎らの利益のみを固執して行動していたことは明白である。

さらに、原判決認定のように、正次郎が鈴木みさおを信頼していたとか、同女が正次郎の気持を酌んで行動していたことは、到底認められない。

三、 原判決は、本件土地売買に関する問題を基本的に「控訴人一家が、郁郎らによる本件不動産の無断売却等の事実を知つて、正次郎宅へ引上げて来ることになつたのを契機に生じた~兄弟間の紛争」と認定し、「本来正次郎と郁郎との争いであるべきものが、控訴人とその余の兄弟間の争いの様相を呈している」と認定しているが、正次郎の生前中に生じた問題であり、上告人本人尋問の結果によれば正次郎自身も、郁郎らの行動を死ぬ間際まで容認していた事実は認められないことから、右のように「兄弟間の紛争である」と把握することは、根本的な誤りを犯していることになる。

原判決は追認を裏付けるため、録音テープに収録されている正次郎の発言の一部をことさら強調し「自分の子供だから悪いことをしたから後はどうなつても良いというわけにはいかない。兄弟がもつれてしまつて、おかしなことにならないよう。これが表沙汰にならないよう。」取計らつて欲しい旨、強く希望していると認定しているが、録音テープの他の箇所を検討すると、正次郎は土地無断売却問題に関し、訴訟になり、世間に知れることになつても構わない旨述べ、郁郎らに対し断固たる処置をとることを望んでいるのである。

原判決は常識的にも、かつ経験則上においても、何ら合理性を有しない録音テープの判読を行つている。

四、 ひるがえつて考えるに、無権代理行為の追認については、本人の黙示的な追認の意思では足りず、明示の意思が必要であると解すべきである。

本来、本人にとつて何ら権利義務関係を生じさせない無権代理行為を追認により有効とさせるには、本人に有効となることにより蒙る不利益を受忍するだけの明らかな意思が必要である。

右解釈態度は決して第三者に不利益を強いているものではない。とくに、当該無権代理行為が本人にとつて重要な資産の処分等重大な結果をもたらす場合には、なおさらである。

郁郎は、本件不動産のみならず、正次郎名義の不動産について、全て同人の承諾なく処分を行なつている。即ち、

(一) 高利貸からの借金のために頻繁に行なわれた担保権の設定の全部(昭和四三年から昭和四七年までに及んでいる)

(二) 不動産の無断売却等の準備行為ともいうべき名古屋市中村区亀島町一丁目四四番地の土地の分筆の全部(昭和四六年から昭和四八年二月までに及んでいる)

(三)(1) 訴外近藤国雄に対する無断売却行為(昭和四六年三月二六日)

(2) 訴外共生印刷株式会社に対する無断売却行為(昭和四七年二月一五日)

(3) 訴外名古屋市に対する無断売却行為(昭和四八年三月一九日)の各行為が全て正次郎に無断でなされているのである。

ところで無断売却された各土地は元一筆の土地であり、正次郎のメリヤス加工業のための工場敷地であり、正次郎が地道に汗を流して得た、正次郎の最も重要な資産であつた。

右のような、正次郎にとつて重要な結果を生じる無権代理行為を有効ならしめるには、同人の明示の追認の意思が必要であると言うべきである。

原判決は、正次郎の明示の追認の意思が事実関係から認定できないため、法律解釈の誤りを前提として、黙示的な追認なるものを強引に認定しているに過ぎない。

結局、頭書のとおり、原判決は破棄を免れ得ない

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